とある喫茶店と秋祭り
<創作> <シリーズ:とある喫茶店~> <日常> <ショートショート/文字数:1,884文字>
公開日:2016/10/31
サークルフライヤー再録(すてばちやフライヤーvol.01掲載)
「さて、本番いっちょ行きますか!」
喫茶店「喫茶去すてばちや」の看板娘である茶々良は、いつも以上に気合を入れて開店準備を進めていた。
今日は、年に一度近所の神社主催で開かれる秋祭りの日。町内会の面々が神輿を担いで駅前までのバス通りを練り歩くのだが、今年はそのルートとしてこの店の真ん前を通ることになっている。
この喫茶店は駅から自転車で十五分も離れているためか、普段ここに来る客は一部の常連客を除いて殆どおらず閑古鳥が鳴いている。が、今日は神輿の見物客がこの通りに集まって来る筈だ。幸いなことにこの喫茶店は二階部分にあり、通りや公園を見渡せるテラス席もある。立ち続けることに疲れた人や子供連れの人中心に、ここで休んで貰いながら神輿見物をしてもらおうというのが茶々良の作戦だった。
<この日の為に手作りチラシを駅前で配ったし、店長にも都合つけてもらって縁日に出てもらってうちの店に誘導をかけてくれるようお願いしたから、今度こそ上手くいく筈!>
いつも詰めがどこか甘く失敗している彼女だが、今回はそうは行かないぞとばかりに気合を込めていた。今度こそ、上手くいく。今度こそ、自分がこの店の役に立てる――。
「っつ、うっひゃあー! チャー、頼む入れてくれ!」
突如ドアの外から声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に何事だろうかと思い彼女がドアを開けると、強風が一気に店内を駆け巡った。
「! 智也さん、どうしたんですか」
彼女は急いで彼を店内に招き入れてドアを閉める。数少ない常連客の一人である智也は今日、下の階にあるミニ商店街(といっても現在は殆どシャッターが下りているが)の付き合いもあり、神輿を担ぐために境内にいる筈なのだが。サラシに半被姿の彼は全身ずぶ濡れで、手には段ボール箱を抱えている。
「外を見てみろ」
彼に促されて改めてドアに嵌められたガラスの向こうを覗いてみると、テラス席全体が酷い暴風雨の只中にあった。
ブルルルル。
カウンターに置いてあった茶々良の携帯が鳴り響く。慌てて彼女がそれを取ると、店長からの着信であるのが見えた。
「もしもし、店長?」
『茶々良、ちょっと店内片付けておいてくれない? 今年の秋祭りがこの天候悪化で中止になっちゃったんだ。台風が予想より早めに上陸して、その影響で秋雨前線が刺激されちゃったみたいでさ。後、いくつか頼んで置きたいことが――』
茶々良は半ば呆然としながら、電話の声を聞いていた。
「なあ、そんなに気を落とすなよ、チャー。確かに今回お前さんはいつも以上に頑張っていたから、気持ちは解るけどよ」
一旦同じ建物の自室に戻り着替えてきた智也は、鬱々としながら片付けをしている茶々良を慰めてくれた。が、彼女の心は外の天気の様に荒れていた。後程レイチェルや篤志、結樹も店に合流することになっていたが、意気込みが大きかった分彼女の落胆は大きい。
「幾らなんでも今回のは天気が悪いんだろう。人間、流石にそればかりはどうしようもねえよ。お前さんの責任じゃないんだからさ」
智也がいつも以上に気を遣ってくれているが、今の彼女にとってそれは何より辛かった。毎度のことながら、自分は常連客に気を遣わせてばかりだ。それで救われたことも何度かあったが、いつもそれでは本当はいけないのに……。
「すみません、智也さん。店長が戻ったら、今日はもう……」
カランカラン!
店のドアが思い切りよく開かれる。茶々良がそちらを見やると、雨合羽を着込んだ中年の女性がそこに立っていた。手には、縁日で今日販売する予定だった焼き菓子の入った箱を抱えている。
「茶々良、テラス席の片付けご苦労様! ちょっと急ぎで熱い珈琲を淹れてくれない?」
彼女がドリップの準備をしようとペーパーを出したところ、店長に慌てて止められる。
「それじゃなくてネルの方。何せ大勢の分用意しなきゃいけないからね」
「えっ?」
彼女がもう一度ドアを見やると、店長の後ろから次々と人が入って来るではないか。茶々良が戸惑っていると、後ろに続いたレイチェル、結樹、篤志の3人の姿が見える。
「茶々良ちゃん、店番お疲れ様」
「今日の祭り、中止になっちゃって残念だったね」
「皆で神輿を片付けた後、ここの店長さんが町内会の皆をここに誘ってくれたんだよ。雨の中の作業で体が冷え切っているだろうから、一杯サービスするって」
茶々良は驚いて声が出なかった。カウンターに視線を戻すと、智也がニヤリとしているのが見える。その手元には携帯のメール画面。
「……はい。皆さんお疲れでしょうから、早く用意致しますね!」
彼女は目頭が熱くなるのを我慢しながら、大人数用のネルを冷蔵庫から出した。
<END>