オリオンとさそり

<創作> <読み切り> <恋愛> <掌編/文字数:858文字>

公開日:2007/11/16
書き下ろし


 参った、今日も残業で帰りが遅くなってしまった。自転車を急いで漕ぐ俺は、自分の耳が冷たさで痛くなるのを感じた。去年まで使っていたニット帽どこにしまいこんだっけか? 角を曲がりひらけたところに出る。自宅まではもうすぐだ。
 だが、俺はペダルを漕ぐ足を止めた。視線のちょうど真ん前に、見事なオリオン座が見えたからだ。冬の空は空気が澄んでいて様々な星座を拝むことができる。しかも、オリオン座は大きいから初心者でも比較的見つけやすい星座だ。俺も、天文部に途中入部したのだが、最初に形を教えられたのがこの星座だった。その時は大きさや美しさにただ圧倒されて、結局一晩中眺めていたっけか。久しぶりに冬の空に目を奪われていると、俺は昔付き合っていた彼女のことを思い出した。

 彼女と付き合っていたのは、俺達が高校生の頃だった。11月のある日、お互いの親をうまく騙して夜の散歩に繰り出した俺達は、小高い丘の広場で缶コーヒーを啜りながら星を眺めていた。俺は、部活で得たばかりの知識を彼女に披露したくて堪らなかった。今考えれば恥ずかしい話だが、彼女は俺の不完全なうんちくに辛抱強く付き合ってくれていた。
「そういえば、蠍座はこの時期見えないの?」
「無理だよ、あれは夏の星座なんだ。オリオン座が冬に出てくるのも、伝説じゃ蠍を恐れて夏に出てこれないからなんだ」
 彼女は11月の蠍座生まれだった。自分の星座を見ることができないと分かった彼女は頬を膨らませた。そんな仕草が可愛らしくて、俺は彼女の傍にいっそう近く立った。

 あれから数年後、俺達は別れることになった。色んな理由があったけれど、最後の日、彼女は泣いていた。俺は、そんな彼女から結局逃げ出してしまったんだ。そんなこと今更言えた義理じゃないけれど、今彼女はどうしているだろう……。
 思い出に浸りながらアパートに戻ってきた俺は、あまりのことに驚かざるを得なかった。
「オッス」
 彼女だった。でも、どうして? 向こうは悪戯っぽく笑ってこう言った。
「私、蠍座の女だからね。某歌手の歌じゃないけれど、思い込んだら命がけなのよ」

<END>