お前は一体何者だ?

<創作> <読み切り> <ファンタジー> <ショートショート/文字数:1,876文字>

公開日:2018/01/12
2代目フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:終わりははじまり/○○の犬(○○は自由)/寝ても覚めても/ビタミン足りてる?/柘榴石
⇒使用したもの:全部


 気が付けば俺は、見知らぬ部屋で横たえられていた。
 全身に包帯を巻かれ、激痛で動くことさえままならない。ここに来る前の事を思い出そうとして、俺は、通勤ラッシュの最中にホームへ転落したことを思い出した。どうやら、奇跡的に命は取り留めたらしい。
 安堵した俺は、しかし次の瞬間、それは間違いではないかと疑った。
「※▽●■■//$?」
 何語か想像もつかない言葉で問いかけてくる者の顔は、よく見ると皮膚が透き通って向こう側が覗ける状態であり、傍に控える男性(?)達は、全身に毛が生えて長い耳や牙を持っていたりしていた。更に彼らの衣装をよく見ると、どこかの国の民族衣装を彷彿とさせるものであり、ここが自分の知っている病院施設ではないことに今更ながら気が付かされる。
 応えようにも喉が酷く乾いて張り付き、うまく声を出すことができない。
 すると、奥に控えていたヒトの背丈ほどもある爬虫類が懐からビンを取出し、俺の口にそれをあてがい何かを飲ませた。苦いとか辛いとか、そんな言葉ではとても形容できない程酷い味の液体を注ぎ込まれ、俺は盛大にむせ返り悶絶した。口からこぼれた残りから悪臭がついて回る。
「っ、何しやがる!」
「それだけ活きが良ければもう大丈夫だろう。お前達、この犬の監視を引き続き頼む」
 爬虫類人間が尊大な態度で指示を出すと、くるりと背を向けて部屋から去る。一発ぶん殴りたいところだったが、生憎全身の痛みと周囲に押さえつけられたことでそれは叶わなかった。
「静かにしろ。己の立場が分かっているのか?」
 押さえつけていたうちの一人が声を上げる。全身黒い毛に覆われ頭からスッと立った2つの耳がなんとも凛々しい印象の、シェパードを彷彿とさせる面立ちの奴だ。寧ろお前の方が犬だろうとばかりに睨み付けると、それに怯まず奴は続けた。
「異世界からの侵略者め。貴様の治療がある程度済んだら、どうやって貴様らが我が国に侵攻してきているのか全て吐かせてやる!」
 あまりと言えばあまりにも突飛な展開のためか、それとも痛みと貧血のせいか、俺は酷い眩暈に襲われそのまま意識を失った。

 ここ1年働きづめだったせいで、悪い夢でも見ているのだろう。ビタミン足りてる? 鉄分か? それよか睡眠時間は?
 そう考えていた俺は、しかし来る日も来る日も可笑しな風貌の連中が現れたり理解の到底できない話が続くことに、心は限界を迎えていた。夢の中にまで連中が出てくるものだがら、寝ても覚めても精神の消耗は増すばかり。
 だから今日目が覚めた時、枕元に赤い石ころが何個も並べられて置かれていたことにも、最初は反応することすら躊躇ったほどだ。こう声をかけられる前は。
「し、静かに。今君を縛っている封印をこの柘榴石を使って解くから」
 意味の分からないことを言われ、それでも体の動かなかった俺はただ相手に従うことにした。
 石から赤い光が漏れ出し、やがて部屋中を満たしたかと思うと突如パリンという音が響いた。突如体の自由が利くようになった俺の腕をすかさず相手が取ると、こちらの了解も取らず全速力で部屋を飛び出し駆けていく。瀕死の際だった俺に対し何の気遣いもないのはいただけないとは思いながらも、追いかけてくる連中を軽く魔法のようなものでいなし蹴散らしていく様に、俺は黙ってついていくことにした。
「ねえ、君。ここから出してあげるよ」
 俺は、願ってもない申し出にひたすら首を縦に振った。
「その前に一つだけ確認したいことがある。君は、ここから出て行ってもしっかりと自分の足で立って生きていけるね? もうあんな馬鹿な真似はしないと誓えるね?」
 一体何のことを訊かれているのか。そう思った瞬間、ホームに転落する直前のことを俺は思い出した。

 辛い。
 会社にいくのがとにかくしんどい。取引先に頭を下げたり時間を潰されたり、上司と話が通じなかったり、思い当たることがいくらでもあった。
 そのうち考えること自体が嫌になり、ふと通勤電車が飛び込む前にこんなことを思いついた。

『もし俺がフィクションの主人公なら、こんな冴えない世界にいるよかパーッと死んで、異世界にでも転生して一発逆転狙えるのに』

 そう思ったら、足が自然とホームの下へと伸びていた。

「そうだね。でも、異世界は決して君らの逃げ場所なんかじゃない。今、君らみたいな人間が次々と押し寄せてきていて、この世界は大変なことになっているんだ。だから、君も早くお戻りよ。こっちとあっちの世界が戦争になる、その前に」
 顔もよく見えないその相手は、空間を切り裂いたかと思うと俺をその中に放り込んだ。

「ほら、『物事の終わりははじまり』っていうだろ?」

<END>