とある探偵事務所へのお届け物

<創作> <シリーズ:とある探偵と花の魔女> <ギャグ> <ショートショート/文字数:1,721文字>

公開日:2016/01/16
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:過呼吸は君のキスで/盗んでもいい? その心/夕涼み/星が流れる理由を答えなさい/ラーメンはまだ伸びる
⇒使用したもの:全部


「あー。全くあの野郎、毎度のことながら面倒だ。いい加減もっとシンプルな連絡方法を考えろってんだ」
「仕方ないだろう、津田にも色々事情があるだろうし」
「だからって……こいつをどう読み解けっていうんだよ? あいつらが来る前に飯済ませようと思って、久々にラーメン頼んだっていうのに」
 僕の相棒、智也が盛大に溜息をつくと手にしていた便箋を机上に投げ捨てる。そこに書かれている文章を読むとこうだ。

◆◆◆
大好きな私のマイハニーへ

過呼吸は君のキスで ♪ この愛に溺れてしまいそうだよ
「星が流れる理由を答えなさい」 ♪ そんなの勿論、君のもとに私の気持ちを届けるためよ
盗んでもいい? その心 ♪ ずっと永遠の愛を誓うよ
◆◆◆


 ……まあ、智也が頭を抱えるのも無理はないな。
 便箋はピンク地に所々ハートマークがプリントされており、そこにはラメ入りのカラーボールペンで書かれた丸文字の、ラブレターとはとても言い難い文章の羅列がされていた。もし何の予備知識もなくこれだけを見せられたとしたら、相当イタイであろう女子学生が書いた手紙にしか読めないだろう。だが、封筒に貼られた切手に消印はなく、それをそっと剥がしてみるとその部分に転送術式が描きこまれた跡があったことから、これは待ち人である津田静枝が書いたものに間違いはないだろう。
 ……彼は、確か僕らと同年代の筈じゃ。毎回凝った暗号文をよく考えてくるなと感心するが、今回のは流石に酷いんじゃないだろうか。
 僕の相棒がすっかり頭を抱えて落ち込んでいるので、暗号を解く手助けをしてやる。

 さて、伝えたい内容があるとすると、それは本文の箇所だろう。「♪」がやたら気になるが、この間の『夕涼み』の文のケースから考えると、「♪」より右に書かれたものに関しては無視していいだろう。
 僕はメモとペンを取り出して、抜き出した文章を並べていく。

・過呼吸は君のキスで
・星が流れる理由を答えなさい
・盗んでもいい? その心


 しばらくそれを眺めて、ひっくり返して読んだりアルファベット変換したりと試行錯誤を繰り返すが、ふと何とはなしに漢字部分だけを削除してみた。但し、別の暗号文のケースに倣い「?」マークがある文についてはその前にある漢字1文字は残しておく。

・はのキスで
・がれるをえなさい
・盗んでもいい? その


 更に、確信があった訳じゃないか、これもこの間の『夕涼み』をヒントにローマ字変換をしてみる。

・hanokisude
・gareruwoenasai
・nsundemoii?sono


 次に、それを逆から綴ってみる。

・edusikonah
・iasaneowurerag
・onos?iiomednusn


 最後に、それらを再度ひらがな変換してやる。

・え づ し こ な
・い あ さ ね お れ ら
・お の い い お め ぬ


 ここまで来たは良いが、本当にこれでアプローチはあっているんだろうか?

 智也は相変わらず、お手上げとばかりに机に突っ伏しっている。ラーメンを頼んだんだからさっさと食べれば良いのに、すっかり忘れてしまっているようだ。声をかけたが反応はない。これでは、ラーメンはまだ伸びるだろう。
 とはいえ、僕も自信がある訳じゃないんだけどな……。そう溜息をついて、手元のひらがなを再度眺めると、ふと「し」「づ」「え」の3文字が目に入ってきた。思わずメモに顔を近づけると、こんなふうに単語が分かれているように見えた。

・しづえ こな
・おれら あさね い
・のめ いぬおおい


 これらの単語を入れ替えて、次の文章に仕立ててみる。

・おれら こない いぬおおい あさね のめ しづえ

 『のめ』というのは、恐らくこの間彼が持ってきた案件の処理についてのことだろう。『いぬおおい』ということは、最近の事件について捜査している警官の数が更に増員されたのか。そういえば、堂々と動きづらくなったと愚痴を零していたような。約束していた時間には無理だが、『あさね』とあるから恐らく明日の午前4時~6時位にはどうにか抜け出してこちらに来る機会があると考えればいいんだろうな。

 そこまで読み解いて、僕は相棒の隣にどっかりと座り込んだ。
「……智也。次に彼に会ったら『KISSの原則』を教えてやろうと思う」
「何だお前。奴に気でもあるのか?」
「違う! "Keep it simple, stupid" つまり『シンプルにしておけ! この間抜け』って意味だよ!」
 疲れた頭を起こすと、目の前にはすっかり伸びきって丼からややはみ出したラーメン。

 勿体ないので、後ほど僕ら二人で食べました。

<END>