とある探偵コンビの朝食

<創作> <シリーズ:とある探偵と花の魔女> <恋愛> <ショートショート/文字数:1,035文字>

公開日:2015/04/24
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:夜明け/あふれてこぼれた/女郎花/東雲色の空/浮いている
⇒使用したもの「夜明け」「あふれてこぼれた」「東雲色の空」「浮いている」


 今回の「仕事」は随分と手間がかかってしまったなと、レイチェルは、相棒が運転するフィアットの助手席から東雲色にすっかり変わっている空を見上げて、軽く溜息を吐いた。
 自分たちの表稼業は探偵でありそちらの収入は殆どないものの、「こちら」のこうした類の事件を手掛けていると、どうしても時折人間の持つ嫌な物を見せつけられるようで、その度に彼女は内心沈むのであった。

『ああ……早く茶々良ちゃんの淹れた珈琲で気分転換したいな』

 彼女のそんな心情を知ってか知らずか、運転席の智也はこう言った。
「そういや、今日はあの店臨時休業だったな。親戚の手伝いが急に必要になったとか何とか」
 レイチェルは深く溜息を吐いた。今回の標的は夜明け前の一番暗い時間にならないと動かないということもあったため、すっかり疲れが溜まっている。
 更に遠方を見やる。朝霧が立ち込める中からそびえ立つ高層ビル群が、まるで浮いている雲から生えているオベリスクのようで幻想的であった。今日はもう、正直眠ってしまいたい。
「レイ。次のサービスエリアで仮眠取るから、その後運転交代しろよ」
 相棒からの残酷な一言。彼女は返事もせず、停車するまでそのまま外を眺めていた。

 用を済ませ、シートを倒し毛布を被っていたレイチェルは、相棒がなかなか帰ってこないことにやや不安を覚えた。いつもなら、自分より先に車に戻って爆睡していそうな彼が珍しい。食堂でラーメンでも食べているのだろうか。
 探しに行こうかと起き上がった時、丁度ビニール袋を携え近づいてくる彼と目があった。扉を開けると彼が真っ先に一言。
「何だよ、自分から起きる姫様がいるか」
 彼女は釈然としないまま、毛布を頭から被りなおした。
「冗談だよ。お前、疲れているならそのまま寝てな」
 そう言い残し、袋をダッシュボードに置いて自分も横になる。袋からは、焼き立てのパンと思しき小麦の香りが漂ってきた。
「……待ちなよ。まずはそれ食べてからにしよう。じゃないと、気になって逆に眠れない」
 智也がどことなく嬉しそうな表情を一瞬浮かべたのは、果たして彼女の見間違いだったろうか。彼は、袋から種類の違うパンをいくつか取り出して彼女に手渡すと、助手席のグローブボックスを開けて水筒を取り出す。確か、仕事に出る前に紅茶を淹れていたのが残っていた筈だ。
「まあ、たまには珈琲以外の朝ってのも悪くはないだろ、洒落てて。今朝は場所が余りに野暮ったいけどな」
 狭い車内で彼がカップに注いだ熱いままの紅茶は、そのまま淵からあふれてこぼれた。

<END>