とある探偵助手の昔話

<創作> <シリーズ:とある探偵と花の魔女> <サスペンス> <ショートショート/文字数:1,011文字>

公開日:2015/03/13
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:白い春/10年前の手紙/画面の向こう側の君/欠けた指輪/冷たい指
⇒使用したもの「白い春」「10年前の手紙」「欠けた指輪」「冷たい指」


 手の中の得物をターゲットから引き抜き、彼女は周囲を見回して人の気配が無いことを確認する。急所を確実に捉えた一撃で、男は既に息を引き取っていた。その死亡を確認するために脈を取る。もう物でしかないそれには、まだ温もりが残っており、彼女の冷たい指とは正反対であった。
 いったい、死んでいるのはどちらであろうか。
 仕事を終えたことを確認した彼女は、右手親指に嵌められた指輪を眺め、ふと息をついた。

 部屋に戻ると、いつものように室内着に着替える。まるで術着のように簡素な造りのそれに袖を通し、廊下に出ると、他の人間も全て同様の恰好をしていた。
 そこには窓が一切なく、外の様子を窺い知ることはできない。蛍光灯に照らされた屋内は、灰色のリノリウムの床を除き、壁・天井・人間の着衣などが白一色で統一されていた。
 そう言えば、今はどの季節だったのだろうか。
 彼女はそれを思い出そうとし、仕事現場に行くまでの記憶が無いことに気が付く。頭を抑えると、白衣姿の男が近づいてきてこう述べた。
「バイタルがやや乱れているな。すぐに処置室に来たまえ。全く、調整は問題ないはずなのに、何故春先はこうも調子を崩す人間が増えるんだ」
 後半はほぼ男の独り言だったろうが、彼女はその言葉を聞いて、今は春なのだと理解する。周囲を改めて確認すると、そこには具合の良くなさそうな人間達がそこいらを徘徊していた。その人達も、目の前の男も、そして自分も右手には指輪を嵌めている。
 目の前にある白い春、何とも味気のない奇妙な感覚。
 彼女は男に手を引かれるまま、処置室と書かれた扉をくぐった。

 ◆◆◆

「あれ、レイさん。ぼーっとして外を眺めてどうしました? もしかして、今年とうとう花粉症デビュー?」
 茶々良の声に、レイチェルはふと我に返る。窓際の席には春の陽気が降り注ぎ、眠気を誘う感覚がある。彼女はゆるゆるとかぶりを振る。
「そうじゃないよ。あんまりここが居心地良いものだから、ちょっと夢を見ていたんだ。眠気覚ましに、珈琲のお替りを頂けるかな?」
 喫茶店の従業員が厨房に下がるのを見届けると彼女は、普段は服の下に隠している首飾りをそっと引き抜き、小さい袋からある物を取り出した。
 それは古びた金属。大部分が欠けた指輪。昔の彼女が常に右親指に嵌めていた物。
 まるで10年前の手紙を眺めるかのように、彼女はそれをしばらく頭上に持って眺めると、やがてそれを素早く仕舞い込み、何事もなかったかのように珈琲に口を付けた。

<END>