とある恋人たちの週末

<創作> <シリーズ:とある恋人~> <恋愛> <ショートショート/文字数:1,686文字>

公開日:2015/02/14
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:バレンタインの予行練習/魚と星空/夢のまた夢/さらさら/おふとん恋しい
⇒使用したもの「バレンタインの予行練習」「さらさら」「おふとん恋しい」


「ほりかわー、もうオレやってられん。帰りたいんだけど、何か良いアイデアある?」
「……」
 そんなもの、こっちの方が知りたい位だ。俺は、愚痴を零すばかりでさっきから手が進んでいない同僚を横目で睨み付けると、書類を揃えてコピー機へと立つ。
 本来なら休日である筈の土曜日の午後。会社のフロアには、俺とさっきの男と、(休憩に出ているため、今この場にはいないが)上司が2名いるだけで閑散としている。
 決算業務などで今月うちの課は忙しかったが、タイミングの悪いことに、普段予算関係の業務についている社員が軒並みインフルエンザにかかり、自宅待機を余儀なくされている。必然的に、他の社員に業務が振り分けられ、この1週間はほぼ全員が終電コースだ。それでも週末位は休めるだろうと踏ん張っては見たものの、急きょ会議に必要な資料が追加になったとのことで、こうして休日を返上している訳だ。
「堀川、無視すんなよ~。オレ、折角のバレンタインデーに、むさい男4人こうして面突き合わせて机仕事だなんて嫌なんだよ。せめて、女子社員がいてくれたら……。チョコを貰う予行練習だってしていたのに、どうしてこんな目に」
「この前耳に挟んだ話だが、今年から会社内では原則チョコをあげないようにしようって、女子の間で取り交わされたんだとよ」
「何っ!? お前それどこで聞いた!」
「事務の古川さんから。あの人が言うんだから間違いないな。まあ、俺としてはお返しをするのもお互いに負担だろうし、良いことなんじゃないのか」
「何をお前はそう呑気に構えているんだよ。もうオレら30代ですよ、これから脂が乗ってくるという時期に、彼女が待つおふとんが恋しいとかそんなことは思わんのか」
 会社で何をバカなことをほざいているのか。そう呆れた俺だったが、確かに、折角のバレンタインなのに会社に来ているのも泣けてくる状況だと思った。

『しょうがないよ、病気で倒れた人がいるんじゃ。……じゃあ、体調崩さないように、アツシさんこそ気を付けて』

 俺は、なおも喚きたてる同僚に背を向けて席に戻ると、ばれないようにこっそりメールを打った。

『ごめん、ユキ。今日も遅くなりそうだから、先に飯食って寝ててくれ』

「ザッハトルテとガトーショコラを1つずつですね。かしこまりました」
「はい。……それと、ホールでなくて申し訳ないのですが、カットケーキにもメッセージチョコをつけることはできますか?」
「はい、承っております。それでは、メッセージは如何いたしましょうか?」
 昼にメールを打った時の予想より、思いがけず早く上がることができた。と言っても、ケーキ屋の開店時間ギリギリにはなってしまったが。それにしても、普段ケーキなど買わないから慣れないな。何せ、いつもはケーキなどの菓子類なんかに関しては、いつも世話になっている喫茶店の売れ残りを他の常連と共に頂いているので事足りている。
 だが、今日は折角のバレンタイン。それも、久々に互いの休日が同じ日に取れる筈だからと出かける予定を組んでいたのに、こちらの仕事の都合で直前にダメにしたのだ。これ位奮発しなきゃ、アイツに合わせる顔が無い。
「そうですね。それじゃ、『ユキへ いつもありがとう』と入れてもらえませんか?」

 玄関を開けると、そこには今日一日を一緒に過ごす予定だった相手がいた。
「休日出勤お疲れ様。アツシさん、夕飯作っておいたんだけど、一緒に食べる?」
「ああ、先に食ってくれて良かったのに。待たせて悪かったな、ユキ」
 そう言って、俺はソイツの頭に腕を伸ばし、その髪をくしゃりと撫でる。さらさらではなく、少し癖のついた茶色の髪。まるで大型犬だ。ユキが照れたように頬を掻く。

 そこにいるのは、穏やかな笑みを浮かべた同年代の『男』。
 ユキこと越智結樹。れっきとした俺の恋人だ。
「なあ、今日ももう遅いけど、ケーキ買ってきた。夕飯の後、一緒に食わないか?」
「ありがとう! それじゃ、冷蔵庫に入れておくね」
 彼が箱を受け取ると、いそいそと台所へ持って行く。俺は、その後ろ姿を眺めながら、アイツに声をかけた。
「そうだな、それを頂くなら熱い珈琲も一緒に淹れてくれないか?」

<END>