とある喫茶店での風景

<創作> <シリーズ:とある喫茶店~> <日常> <ショートショート/文字数:1,404文字>

公開日:2015/02/06
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:花(花言葉)/曇り空/冷たい方程式/爪を短く切りすぎた/一番最初の記憶
⇒使用したもの「花(花言葉)」


 全く、こんな筈じゃなかったのに。
 茶々良(ささら)は、カウンターに所狭しと並べられたブロッコリーとカリフラワーの山を見て途方に暮れていた。厨房から色とりどりの花野菜を挟んで客席側に座っているのは、あきれた様子でこちらを見ている若い男が一人。
「はぁ。つまり、お前さんは『花』をテーマにした新メニューを作って、それを目玉にこの店を一気に盛り立てようとしてたと。何でまたそんなもん考えたんだよ」
「いや、だって今年は2月4日が立春でしょ? だから、何か春を感じさせるものと言ったら、お花が一番かなと。それなら雰囲気も華やかになるし、若い女性を中心に、このお店にお客さんがもっと増えてくれたらなって……」
「それなら、スミレのリキュールを使ったデザートだとか、アーティなんたらとかいった珍しい野菜を使ったランチメニューだとか、もっとこうお洒落な方向に考えが行かなかったのかよ? フキノトウとかには未だ時期が早いし、大体イメージが漠然とし過ぎなんだよ、お前さんは」
 この店の常連客である男が、眼鏡のブリッジを抑えて溜息を吐く。
 とことんダメ出しを食らい、茶々良は改めて、間違って仕入れてしまった目の前の野菜をどうやって片付けていくのか考えて、頭が痛くなった。
「智也。そこまでキツい言い方する必要は無いだろう。茶々良ちゃん、彼の言うことはあまり気にしなくても良いよ。ブロッコリーもカリフラワーもメジャーな食材だし、ある意味調理法とかそんなに悩まなくて良いじゃないか」
「レイの言うとおりか。去年なんか、近所の爺さんらの要望で干物祭りとか漬物祭りとか、挙句の果ては珍味祭りとかにまで付き合わされたし。もう居酒屋に改装しちま……ぐはっ」
 金髪を短く切りそろえた美人の腕が彼の首に伸びたかと思うと、そのまま彼女は智也と呼んだ男の首筋を締め上げる。
 と同時に、喫茶店入り口のドアの開く音が聞こえた。茶々良がそちらを見やると、大柄な体格にややパーマがかった髪をした、これもまたこの店には貴重な常連客の姿があった。
「あ……。もしかして、またいつもの?」
 何ともやり切れなくなる彼の第一声に、茶々良は今度こそ、調理台の上に突っ伏しったのだった。

※※※

「ほら、ネットで調べたらこんな良いネタあったよ。今回はこれを店のキャンペーンキャッチフレーズにしたらどうかな」
「さすが越智だな、呼んで正解だった。センスに関しては、この看板娘やうちの相棒より断然良い物持っているな。痛っつ! レイ、髪を引っ張んな!」
「だったら、そんなだらしのない長髪なんて切ってしまえば良いんじゃないのかい」
「まあまあ、お二人ともちょっと抑えて」
 如何にも人の良さそうな越智が、慌てて二人の男女の間に入る。
「それに、『花言葉』ていうアイデアは僕じゃないですよ。さっき、篤志さんにメールしておいたら返事が来て」
「堀川か。アイツなら、そういうことにも詳しそうだもんな。良かったな、チャー。こんなに店を一緒に盛り上げてくれる客もなかなかいないぜ」
 だから、今後も珈琲の値段はまけてくれよなと、智也という男は抜け目なく付け加える。
 茶々良は苦笑いを浮かべつつ、ありがとうございますと礼を述べて、新しいカップにお替りの一杯を4人分注いでいく。

 ブロッコリーの花言葉。「小さな幸せ」

 さて、「小さな幸せ」をテーマにして、今日のランチはどうしようか。
 淹れたばかりの珈琲を口に含んで、彼女は今度は楽しく考えを巡らせた。

<END>
 サイトの看板娘であった茶々良を主人公に何かお話を作ってあげたいと常々考えていたので、これがその記念すべき第1作目。