義理ですから

<創作> <読み切り> <恋愛> <掌編/文字数:976文字>

公開日:2007/02/14
書き下ろし


 今日は2月13日、日曜日だ。世間が3連休だと浮かれている間、俺はずっとオフィスに休日出勤していた。他に出社しているのと言えば、部下の彼女だけだ。
「課長。これらの書類全てに目を通して下さい、決算も近いので」
 相も変わらず無愛想な奴だ。こんな女と3日間、仕事とはいえずっと同じ空間で一緒に作業しているのだ、気も滅入ってくる。明日は幸いにも休みが取れたから、早く終わらせて家で一杯やろう。そう決めて、気合を入れなおしたのが良かったのか、17時前に何とか全てのノルマを達成できた。PCの電源を落とそうとした時に、彼女に声をかけられた。
「課長、これを」
 何だ、未だ仕事が残っていたのか。いっぺんに出せば良いものを。
 そう思い目を向けると、向こうはリボンでラッピングされた箱を差し出してきていた。
「課長、明日は休暇を取られるんですよね。明日はバレンタインなので、早めにチョコをお渡ししておこうかと思いまして」
 バレンタイン? ああ、毎年のあの行事か。入社したての頃はそれなりに嬉しかったが、お礼返しもその分しなければならないので、今は本当に面倒くさくなってきた。貰わないで済むなら、寧ろそちらの方が好都合なのだが。
「他の奴らにはもう手渡しておいたのか?」
「……同期に頼んで、明日まとめて配ってもらうよう頼みました」
 なるほど、一昨年から始まった女性スタッフの一斉義理チョコ配布か。個人が各男性スタッフに配っていると金銭的負担が大きいから、全員から予めお金を徴収してお徳用サイズのチョコレート菓子を買うシステムだ。確か、2課のお局が言い始めたんだっけか。

 ん、待て。それなら、今俺が手にしているのは……。

「いつも仕事でお世話になっているので、その感謝の気持ちです。これからもどうぞよろしくお願い致します」
 これだけ聞くと、義理チョコを渡す時の決まり文句だ。だが、彼女がこうして個人に何かを渡したという話は一切耳にした覚えが無い。箱をよく見てみると、有名菓子メーカーのブランドロゴが入っている。
「待て」
 失礼しますと言い、帰ろうとする彼女を俺は呼び止めた。
「来月の14日、つまりホワイトデーも、俺は休暇を申請しているんだ。もしそれが通れば、君にお返しができん。だから、今夜一杯付き合え」
 義理返しなら、早めに済ませておくべきだろう。もし、義理じゃないのなら――。

 今日の仕事終わりの楽しみができた。

<END>