大根役者

<創作> <読み切り> <日常> <掌編/文字数:749文字>

公開日:2006/11/16
書き下ろし


 実家からまた大根が山のように届いた。
 自分が劇団員だと食べていけないだろうからと心配して貰えるというのはすごくありがたいのだがお蔭で仲間内からは「大根役者」などと嬉しくない渾名をつけられてしまった。

 稽古が終わった後、まだ独身のちょっとだけ名前の売れている先輩の家に足を運びそこで飯を食わせてもらうのがいつのまにか俺達の習慣となっていた。但し、その人の料理の腕はお世辞にも良いとは言えず、食材はある程度用意してもらえるが調理自体は殆ど自分達でやっていた。若しかしたら先輩もそれが狙いでわざわざ俺達若手をよく誘っているのかもしれないが。
 そんなこんなで今夜の夕食はふろふき大根にでもしようかと考えているとき後輩の一人がテレビをつけた。画面にはいつも指導を受けている演出家のおやっさんの顔が映っていた。
 この人だ、最初に俺に「大根」なんて役者には不名誉な名前をつけたのは。その後も俺に物を言う時には必ず大根、大根と連呼する。
「大根、自分にもっと自信を持って演技してみろ」
と言われてもそんな名前では気が抜けてしょうがない。

 というか、個性も無い若手の俺には正直キツイ。

 台所に戻って包丁を取り出したその後ろでおやじの声が響く。どうも今度やる舞台宣伝用のインタビューらしい、ご苦労なこった。もう少し音量を落として欲しいと言おうとした時だった。

「僕はね、役者は大根みたいな奴が一番理想だと思うんですよ。
だってどんな個性が強い食材とも難なく合わせられて、どんな風に料理してもイケル。あれだけ万能なものなんかそうそうあるもんじゃないですよ。
そういうのも立派な個性だし、そういう奴っていうのは今後絶対伸びてくる」

 暫く俺は黙っていたが、皆に何か食べたい物はないかと訊いた。

 今夜は兎に角おかずを沢山、できるだけ沢山作ろうと思った。

<END>