とある喫茶店と催されなかった祭り

<創作> <シリーズ:とある喫茶店~> <日常> <ショートショート/文字数:3,651文字>

公開日:2017/11/16
書き下ろし


「茶々良(ささら)。何、話って?」
 いつもは別の仕事で忙しく駆け回っている店長も、今日は久しぶりに店に顔を出してくれる。
 そのタイミングを待っていた喫茶店の看板娘である織部茶々良は、カウンターの隅に置いていたパンフレットを相手に手渡した。
「実は、こんな物がうちの店宛に届いたんですよ。読んでみてもらえます?」
 店長が鞄から眼鏡を取り出してそれを読んでいくのを、茶々良は自分達用の珈琲を淹れながらカウンター越しにじっと待っていた。陶芸作家でもある店長お手製のカップにブレンドを注ぎ終えるのと、店長が手元のパンフレットの内容に全て目を通したのとほぼタイミングが一緒だった。
 店長は訝しげな表情を浮かべ、パンフの表紙を茶々良に見えるようにカウンターに置くと、カップを受け取りこう口を開いてくる。
「うーん……どうだろ。私はあんまり興味が無いかな、こういうの」
 彼女が返したパンフレットの表紙には、大きくこういった文言が謳われていた。

『全国規模のグルメの祭典 【んめーフェスティバル(仮)】 あなたのお店も出店してみませんか!』

 ◆◆◆

 茶々良が店に出勤してきた際、ポストに大き目のダイレクトメールが突っ込まれていたのに気が付いたのは昨日の朝のこと。
 こういう飲食店を経営している以上、どうしたって調理器具や宣伝関連のダイレクトメールは来てしまう。以前チラシのポスティングなどもやってはみたものの、効果は余りなく、最近はそうしたものは無視してしまうのが常だった。
 しかし、今回届いたイベント出店の勧誘が届いたのは初めてのケースで、読むと予定会場も日比谷公園とかなり大規模なものになることが予想された。通常、こうしたイベントは呑み屋や食べ応えのあるメニューを置いている店などが主体になることが多いのだが、イベントの趣旨を読むと、あらゆる年齢層の人に来場して貰いたいということで業態は特に制限をしていないようであった。

 ◆◆◆

「アンタはこういったものに出るの、興味あるの?」
 店長に水を差し向けられて、茶々良は珈琲を飲む手を止める。
「最初はそんなに意識して無かったんですよ。でも、昨日駅前に買出しに出た時、商店街で仲良くさせてもらっているお好み焼き屋さんや呑み屋さんのご主人と偶然会って、同じイベントのお知らせが来て出店を前向きに考えているから、うちもどうだって薦められて」
「ふうむ。しかし、出店料が1軒につき50万とかね……」
 店長が眉をひそめ腕組みをした、その時だ。
 カラン。
「あ、阿藤さん。お久しぶりです!」
 店の扉が開いて、小太りで人の良さげな笑顔を浮かべた中年男性が箱を抱えて入ってくると、茶々良はすぐさまそちらへ飛んでいき箱を受け取った。男性の足元には黒猫が寄り添っており、挨拶のように彼女へにゃーと鳴く。
「毎度どうも~、ご注文の豆と茶葉をお持ちしました。おや、珍しい! 瀬戸さん、ご贔屓にして下さってありがとうございます」
「いつも悪いわね。この後急ぎの用事ある? 良かったら一服していってよ」
 店長はニコリと微笑み、納品書を受け取ると空いている席を男性へと勧めた。
「ちょうど3時だしみんなでお茶にしましょう、お代は要らないから。あーそうだ。茶々良、私の部屋にこの間実家に帰った時のお土産があるから、それを持って来て貰えないかしら? あと、猫用おやつも」
「えっ、良いですけど」
 部屋の鍵を渡された彼女は戸惑いを覚えたが、店長がニッコリと微笑んでいってらっしゃいと言うもので、首を捻りながらも店を出て行った。

「さてと……こっち来てくれない、ケディ?」
 店長は足元に近づいてきていた黒猫に声をかけた。猫はその身を翻し颯爽とカウンターの上へと飛び乗ると、彼女の顔をじっと見つめてきて『口を開く』。
「やれやれ、人払いが若干強引じゃないのか。俺の食い物なら店にも置いてあるし、お茶請けならそれこそ彼女が作ってくれているだろうに」
「まあ、そう呆れないでよ。これからちょっと依頼を考えているんだから、『ソカック・ケディスィ商会』に」
 猫が人語を喋っているという状況に全く動じた様子も無く、店長はどんどん話を先に進めていく。彼女がカウンターから再び例のパンフレットを手に取ると、それを黒猫の目の前に持って行く。
「情報が欲しいのよ。昨日、これがうちのポストに入っていてね。飲食店経営者向けにイベントに出ませんかっていう案内なんだけど、どうにも引っかかるのよね……」
「ここに載っているHPとか自分で調べたのか?」
「いいえ、これから。だって、私もついさっきこの話をあの子から聞かされたばかりだもの。自分でも勿論調べるけど、第三者からの視点も一応欲しいじゃない?」
「軽く言ってくれるな。全く、人使いの荒い女だ」
 黒猫がそう溜息を漏らすと、店長はふふと微笑み珈琲を一口啜る。
「別にねー、これが届いたのがうちだけだったならスルーするだけでも構わないんだけど。ただ、同じものがどうも駅前の飲食店にも来ているらしくって、うち何軒かは参加を前向きに検討しているそうよ。でも、このイベント会社の名前って聞いたことも無いし、それに……」
「それに?」
 黒猫が言葉の続きを促すと、店長は息をついて座ったまま背筋を伸ばす。
「胸騒ぎかな。こんな風に何か引っ掛かりを覚える時って、大概面倒な事態に巻き込まれたりする事とか多かったから。根拠が無いって言われたらそれまでだけど、お世話になっている所が変な事に巻き込まれたら嫌だなって。ケディが調べて、もし何もおかしな所もない会社だったとしても、お礼はちゃんと払うから」
 店長は、上げた両腕の手のひらを合わせると肘を曲げて体を捻り、横に座る黒猫にお願いのポーズを取る。
「……全く、幾つになってもそういうところは変わらんな、お前は。分かった、一通り調べてきてやろう」
「やった! ケディ大好き、頼りにしてる!」
 店長が黒猫を抱っこしようとしてするりと逃げられたのと、看板娘が土産物を持って店内へと戻ってきたのは、ほぼ同じタイミングだった。

 ◆◆◆

 3人と1匹が店に会したあの日から数日後、茶々良がいつものように喫茶店で店番をしていた時のことだった。店の扉が開き、来客だと思った彼女は相手の姿を見つけるなりビックリした。
「叔母さ……いや、店長!? どうしたんですか、今日は店に来るって聞いてなかったですけど」
「いやね、ちょっと急いで戻ってきたの。茶々良、この前のイベント出店の件だけど、止めておきなさい」
 普段とは違い若干剣のある様子で近づいてくるので、何事かと身構えていた茶々良は、店長から数枚の紙を渡された。
「パンフに記載されていたイベント主催の会社を調べたんだけど、どうもこの1年間で4回も本社を移転しているみたいなの。他にも、そこに書いてあるように、どうも真っ当な経営をしているとは考えにくいのよね……」
 手渡された資料に改めて目を通す。読み進めていく内に、大規模イベントを企画している企業の割には不自然な動きが多いことが判る。
「確かに怪しいな……すみません。これ、今から駅前の店主さん達にも見せてきて良いですか? もうすぐここに出店料を振り込むつもりだって聞いているんで」
「ええ、是非そうして頂戴。店は私が見ているから気にしないで」
 エプロンを外し直ぐさま出ようとした茶々良だったが、一つ気にかかることがあり扉の前で後ろを振り返る。
「そう言えば、どうして店長がこれを持っているんですか? この数日間、予定がギチギチに詰まっていた筈なのに、一人で調べ上げたんですか?」
 そう問いかけると、店長は何故か視線を逸らして手を振ってきた。
「ああ、まあ、知り合いにちょっとした情報ツウがいてね……」

 ◆◆◆

 喫茶去(きっさこ)すてばちやでそんなやりとりが行われてから約半年。

 都心で大規模飲食イベントを企画していた例の企業が、ある日突然イベントの中止を出店者達に一方的に伝えてきた。
 連絡を受けた飲食店側は当然問い合わせを企業にしたが、電話は何故か繋がらず、本社とされた住所に向かっても既にオフィスはもぬけの殻だった。更に、企業側は事業の運営がままならないとして破産申し立てを行い、関係者と連絡を取ることはできないままであった。

 そこから更にまた半年。
 警視庁が、何軒かの飲食店からイベント出店料を騙し取った詐欺の疑いで、企業の元社長らを逮捕した。全国の飲食店から受け取ったとされる出店料の総額は1億を超えるとも報じられたが、それらのうち店側に返ってきたのはごく一部だけだという。

<END>