とある喫茶店とサーオインの少年

<創作> <シリーズ:とある喫茶店~> <日常> <ショートショート/文字数:3,965文字>

公開日:2017/10/31
アンソロ再録(イベント名「第6回Text-Revolutions」)
お題:祭


「どうですか店長? 今度のハロウィーンに合わせて、かぼちゃのチーズケーキを作ってみたんですけど」
 今日は久しぶりに店長が喫茶店にいる日。看板娘である織部茶々良(おりべささら)はどきどきしながら試作品の菓子を振る舞った。
「どれどれ……ふむ、もう少し砂糖を減らしても良いかな? かぼちゃ自体が結構甘いし」
 機嫌良くケーキを頬張る店長は、ふと視線を看板娘に向けこう問いかけた。
「これはこれですごく美味しいんだけどさ、他にも何かメニューって考えているの?」
「そうですねー、これを」
 茶々良はカウンターに置いていた、自身のアイデア帳を店長へと手渡した。それをパラパラとめくる彼女だが、うーんと唸っている。
「まあ祭りに因んでパーティーメニュー目白押しっていうのも悪くは無いだろうけど、もうちょっと他との違いを出してみても良いんじゃないかな。ほら、ハロウィンって今は派手にイベント化されちゃってる祭だけど、そのルーツを辿れば『サーオイン』っていう死者を祀る行事だし」
「『サーオイン』?」
 茶々良が首を傾げると、店長は苦笑しながらアイデア帳を彼女へと戻した。
「そっか、アンタは知らないか。サーオインっていうのは古代ケルト人が行っていた祭で、彼らの新年の始まりである十一月一日を厳かに迎えるものなの。その前日である十月三十一日から翌日にかけては、現実世界とそれ以外の世界の境目が薄くなり、異界の住人らがこちらへとやってくることができる。だから、悪いものは寄せ付けないように当時の人々は魔除けの篝火(かがりび)を焚いた訳。それが、カボチャの提灯ジャック・オ・ランタンの由来なのよ。言わば、日本でのお盆と感覚が近いかな」
「へー、そうなんですね」
 茶々良が感心していると店長は鼻高々といった様子で続きを話そうとする。
 ピリリリ。
「あれ、町内会長さんからだ。もしもし、いつもお世話になっております。ええ、ええ……え、そんなことが――」
 店長は席を立ちしばらく相手と会話をしていたのだが、通話を終えると急いで支度をし始めた。
「茶々良。会長さんに急に呼び出されたから、後のことはお願いね」
「えっ、ちょっと!」
 茶々良が止めるよりも早く、店長は店の外へと駆け出して行ってしまった。
 残された茶々良はしばらく扉の方を眺めていたのだが、やがてぽつりとこう漏らした。
「仕方ないよね、会長さんに呼ばれたんだし。それに、叔母さんがああなのはいつものことだもの……」
 今日は久しぶりに二人で店にいられると思っていた彼女は、溜息を零しながら食べかけのケーキにラップをかけて冷蔵庫に戻し、後片付けを始めた。

 カウンターの陰になっているからなのだろうか。
 衝立の向こうから茶々良のことを見つめる者がいることに、彼女が全く気付いている様子は全く無かった。

 ◆◆◆

 喫茶店がある建物から通りを挟んで斜向かいのちょっと離れた所、広い墓地を抱える寺の本堂前に、店長と町内会長、そして住職が集まっていた。
「忙しいところ呼び出しちまって悪いな。こいつなんだが、どうも御宅の店に前あったカップにとても似ているような気がしてさ、どうだい?」
「ちょっと見せてもらってよろしいですか? ――ええ、これは私が作った物に間違いありません」
 青い釉薬(うわぐすり)がかけられた少し厚みのあるマグカップを裏返し印を確認すると、店長は強張った顔でそう答えた。
「そうでしたか……あーいやいや、そんな怖い顔なさらないで下さい」
「しかしそうなると、御宅んとこでも物が持ってかれる事態になってるのか……こりゃ早いとこ犯人をとっちめねえといけねえわな」
 スカジャンを羽織った老人、町内会長は悪態をつき頭を掻いた。

 始まりは、この寺のお供え物が一晩で全て無くなっていた事だった。
 住職がいつものように朝の法要をしようと本堂に入ったところ、お供えしていた筈の食べ物類が全て無くなっていたというのだ。それらを片付けた覚えのない住職は慌てて仏像や美術品といった貴重品が盗られていないか隈なく調べたが、それらは全くの手つかずであった。野良猫か狸の仕業かとも疑ったが、それらが侵入した形跡も見られない。それでも用心し、その日の終わりに住職はいつも以上に戸締りをしっかりと行い、普段使わない扉や窓の前には荷物を置いて塞ぐなどした。
 であるにも関わらず、それから三日連続で『食べ物だけ』が無くなったのだ。さすがに警察に相談もしたが、見回りを強化しても一向に犯人が捕まる様子がない。その事件は更に一週間も続き、住職はほとほと困り果てて、古くからの知り合いである町内会長にどうしたものかと愚痴をこぼした。会長は、警察が見落としている犯人の手掛かりが無いものかと二人でもう一度墓地や境内を隈なく探し回ったところ、今はもう使われていない奥の古井戸の脇に、先述の青いマグカップがあったということだった。

「このカップが落ちていたのは、あそこだったんですよね?」
 店長は、境内の奥の方を指差して住職にそう確認する。
「ええそうです。でもおかしいですね、以前警察の方に見ていただいた時には、そのような物無かった筈なんですが……」
「気味の悪い話さ。そんな訳だから、店の戸締りとか十分気を付けてくれよ」
「わかりました」
 店長はそう頷きつつ、立入禁止の札が吊り下げられているロープを跨いで、古井戸の近くまで進んで行く。そして、そのすぐ脇にしゃがみ込み表面を探っていく。次に、井戸の淵から身をのり出し底を覗き込んでみると、中はすっかり枯れていて落ち葉やゴミがだいぶ溜まっていたのだが、よく見ると一か所だけ落ち葉が不自然に除けられているような箇所があるのが確認できた。
 店長は、右手に持った青いマグカップにもう一度目をやった。それの表面には埃が薄ら覆っており、長いこと放置されていたような感じを受けた。

 そもそもこれは、今からちょうど一年ほど前に店から無くなった物で、今回の事件とは関係なさそうに店長には思えたが、敢えて口にはしなかった。というのも、彼女にはある一つの心当たりがあったからだ。それは――。

「……もうすぐサーオインか」
「は?」
 びゅうっ!
 突然、古井戸の周囲に突風が吹いた。
 店長と会長、住職は舞い上がる砂埃に堪らず目を閉じた。強い風はすぐに止み、再び境内に静けさが戻ってくる。
「驚いたな、木枯らし一号か?」
 すっかり枯葉まみれになった三人がそれらを落としながら呟くと、店長は一つ妙な感覚を覚えた。何かが足りないような――。
「あれ?」
 彼女が持っていた埃まみれのマグカップが、その手から跡形もなく消えていたのだった。

 ◆◆◆

「店長、何時頃帰って来るかな。あれ……これって?」
 厨房から身を乗り出し扉を見ていた茶々良は、カウンターに果物やお菓子の類が積まれているのに気が付いた。先程まで無かった筈の代物だ。訳が分からず周囲を見回すと、衝立の影に隠れていた一人の小さな影を見つけた。
 そこから顔を覗かせたのは、小学校低学年くらいの男の子。栗色の癖毛の子でもじもじとしている。近所にそのような子はいなかった筈だが、その子が手にしている物が目に止まり、茶々良は思わず口をあんぐりと開けた。
「君、ひょっとして昨年ここに来た……」
 彼女は、自分の膝ががくがくと震えそうになるのを抑えながら、ようやっとその言葉を絞り出した。

 それは、ちょうど昨年の今頃。ハロウィーンが迫り、近所では子供会の催し物などが開かれていた時期のことだ。
 その日、店を閉めようと茶々良が扉を開けた時、そのすぐ脇に少年が膝を抱えて座り込んでいた。すっかり周囲も暗くなっており、心配した彼女は少年にどうしたのか尋ねるも、彼は一向に返事をしようとしなかった。困ったが彼をそのまま外に出しておく訳にもいかず、茶々良は少年の冷え切った体を温める意味もあって店内へと招き入れると、ラテアートを施した一杯のホットココアを振る舞った。
 少年はその絵柄を大層気に入ったようでしばらくそれを見つめていたのだが、やがてそれを持って立ち上がると「また来るね」と言い残し、なんと煙のようにその場から姿を消してしまったのである。

 疲れが溜まって変な幻覚を見たのだろう。

 その後寝込んでしまった茶々良はひとしきり休んだ後、己にそう言い聞かせた。が、店に戻ってからというもの、青いマグカップ一つだけが見当たらない。そのマグカップこそ――。
「あのね……これ」
 少年はおずおずとカウンター席に座り、両手に抱えていた青い厚手のマグカップをそこに置く。
「これ、『返してきなさい』っていわれたから持ってきた。あと、『お礼はきちんとしなさい』ってもいわれたから、ここにおいておくね」
 茶々良は全身から訳の分からない汗が噴き出るのを感じ、視線だけをカウンターの方へずらし改めて食べ物を確認する。そこに積まれている物が、恐らく彼の言う『お礼』なのだろう。
 次の句がなかなか出てこない彼女の心中を知ってか知らずか、少年はキラキラと顔を輝かせこう続けてくる。
「あの白くて茶色いの、とってもおいしかった! こんどはみんなを連れてくるからね」
 そう告げると、少年がくるりと背を向けて扉の方へと駆け出す。我に返った茶々良が慌てて彼を呼び止めようと腕を伸ばすも、少年の姿は扉の前ですうっと透き通って消えてしまった。後に残された茶々良はただ乾いた笑いを漏らし、先程店長と交わした会話を思いだしていた。
 ハロウィンの起源であるサーオインは、西洋でいうお盆のような行事。十月末日から十一月の頭にかけては、現世と幽世との境目が歪み、霊的な物がこちらの世界にくるという――。

「悪い子じゃないんだろうけど……今度はみんなって……確かに常連さんが増えるのは嬉しいけど……」
 寂れた喫茶店の看板娘である茶々良は、その後店長が帰って来るまでずっと頭を抱えていた。

<END>