とある探偵とミントティー

<創作> <シリーズ:とある探偵と花の魔女> <ギャグ> <ショートショート/文字数:4,265文字>

公開日:2017/08/31
サークルフライヤー再録(すてばちやフライヤーvol.03掲載)


「チャー、今日もお勤めご苦労さん! 悪いけどよ、ミント要らねえ?」>
 喫茶店の常連客である鳴海智也が入るなり突然声をかけてきたものだから、看板娘である織部茶々良はえらく戸惑ってしまった。
「ミント、ですか?」
 彼は右手に持っていたビニール袋をいくつもカウンターへと置き、彼女へと説明を始めてくる。
「こいつはペパーミントで、こっちはスペア。この袋に入っているのはアップルミントだ。喫茶店だからミントはよく使うだろう?」
「え……確かに、お菓子の飾りつけとかには使いますけど、こんなに沢山戴いては申し訳ないといいますか……」
「あー良いの良いの、全然気にしなくって。俺んとこ、少しでも家計の足しになるように家庭菜園をやっているんだけど、正直ハーブばっかりあんまり食わねえから、お前さんが使ってくれた方が嬉しいんだわ」
 いつも以上にニッコリと微笑まれると、茶々良としてはどうにも断り辛い。流石に店で提供する食事に使う訳には行かないが、自宅でもそれなりに消費はするだろう。
「……はい、それではありがたくいただきます」

 カラン。

 扉を見やると、常連客の堀川篤志と越智結樹の姿。智也はその二人にもすかさず声をかけていく。
「ようお久しぶり、お二人さん。おたくらミント要らねえ?」
「はあ、ミント!?」
 流石に突然のこと過ぎて、篤志が戸惑いの声を上げる。が、智也を見やると怯んだ様子は無く、二人に向かって話を畳みかけていく。
「今、家庭菜園やってるんだけど、ミントがわんさか生えてきて俺一人じゃ使い切れねえんだ。是非貰って欲しいんだよ……」
 最後はどこか懇願するような口調なのが引っかかったが、結樹の方を見てみると、彼は若干引いた様子ながらもどうにか笑みを返していた。
「ああ……ミントは家庭菜園でやるハーブでも特に繁殖力が強いって、整体院のお客さんからよく聞いてますよ。まあ、僕ら二人なら宅飲みでモヒートとかもやりますし、頂けるのであれば」
「マジでありがとう! そんじゃ今から持ってくるわ、三袋あれば良いよな?」
「なっ、三袋ってお前!」
 篤志がそう声をかけるのも耳に入っていない様子で、智也は勢いよく店から駆け出していってしまった。
 後に残された看板娘と常連客の二人は、互いに顔を見合わせ首を傾げる。
「智也さん、そんなにハーブ類を配るなんて、いったいどれだけの量育てていらっしゃったんでしょうか?」

 カラン。

 扉が再び開いた。
 まさか、こんな短時間で戻ってきたのかと驚いて入り口を見やるが、そこにいたのはパンツスーツをシャキッと着こなす涼やかな様子の男装の美女。
「やあ。みんな揃ってどうしたの? そんな変な顔をしちゃって」
「レイチェルさん。あの……智也さんからミントをお裾分けして頂いたんですけど……」
「俺達もなんだ。何でも、家庭菜園をやってて余ったからだって聞いたんだが、その量が半端無くてな。アイツが家庭菜園やっていたなんて初耳なんだが、何か聞いているか?」
 篤志が呆れて頭を掻きながらそう問いかけると、レイチェル=シュミットは訝しげな表情を浮かべて暫し思案している様子だった。やがて、何か思い当る節があったのか、見る間にその顔が青ざめていく。
「そうだね……今からちょっと彼の様子を見て来るよ。ついでに、あんまり周囲に迷惑かけるなって叱ってくるから」
 乾いた様子の笑い声を浮かべながらいそいそと出て行く金髪美女。
「僕達も行った方が良いのかな、これ?」
「いや。レイチェルさんが向かったんですし、大丈夫だと思いますよ。……多分」
 レイチェルの後姿から感じ取った不穏な空気。これは、この事態にあまり深く関わらない方が良さそうだと、茶々良は本能でそう感じ取っていた。

 ◆◆◆

「こいつは、一体どうしたもんかな……」
 智也は自室に戻って玄関を開けるなり、中の惨状に絶句してその場にへたり込んでいた。そうしてようやく出てきた一言がこれである。
 目の前に広がるのは、床・壁・天井の至る所にまで隙間なくびっしりと生い茂る緑色の絨毯。所々盛り上がっているのは、本来そこにある筈の家具の表面にまでびっしりとソレが生い茂っているからだろう。
「おかしいだろ! さっきあんなに摘み取ったっていうのに、余計酷くなっているじゃねえか!」
 彼は膝をつき、両手で無造作にその草を毟り始めた。だが、幾らブチブチ引き抜いても、その端から次々と草は成長を始め、瞬く間に摘み取ったばかりの場所を占拠していく。
「あー! もう嫌だよ、俺。部屋を草原みたいにして大家に怒られるの。これで何度目になるんだ?」
「あったね、そんなこと。確かあの時は、部屋の一角でミニ田んぼ作って、お金かけずにエンドレスにお米収穫しようとしていたんだっけ?」
 後ろから呆れた様な声をかけられ、智也は思わず大声を上げ脇へと跳び上がってしまった。心臓が飛び出そうになるのを堪えて声のした方に目をやると、そこには紺のパンツスーツを凛々しく着こなした金髪の美女が立っている。
「全く、どうせこんな事だろうと思ったよ。君、能力を暴走させただろう?」
 助手からの冷たい視線を浴び、智也は泣き崩れそうになりながら、これまでの経緯を彼女に説明することにした。

 ◆◆◆

 探偵社の若き社長、鳴海智也。

 世間には自身のことをこう名乗っているが、彼にはもう一つの顔がある。
 それは、普通の人間には為し得ることのできない特殊な術を操る『魔女』と呼ばれる能力者であるということだ。
 彼の能力は、己の血を媒介にして植物を自在に操るという物。もっとも、相性というものも存在し、繁殖力が異常に高い種類の植物に関しては操作に注意を払わないと、想像している以上にそれらが増えてしまう。彼は普段、そうした類の植物を操る際は、作業が終わった後周囲の環境を変えない様に丁寧に枯らす工程を加えている。

 が、今回は違った。

 昨日、バイトで知り合った農家から規格外の売れない野菜を分けてもらった智也は、それらの選別と泥落としを台所でやっていた。ビニール袋に入れられていたそれらには何株か雑草もついていたのだが、彼は水を流し、それらを落としていた。
「痛っ!」
 水仕事などで手が荒れていたのだろう。爪の根元付近にはささくれができており、それがちょっとした刺激で剥けて血が僅かに滲んでいた。彼は指先を丁寧に洗い傷口に汚れが入らない様にすると、そこに意識を集中し自身の細胞を増やして傷口を即座に塞いだ。僅かの間であったので、彼はそのまま何も気に留めることなく作業を再開した。

 まさか、シンクのゴミ受けに残っていた雑草――ミントにその血が付着し、かつ自身の術がかけられたことなど知る由も無く――。

 ◆◆◆

「多分、その時弾みで、ミントに増殖の指令が中途半端にかかっちまったんだと思う」
「成程ね。因みに一応訊くけど、枯らす方の命令はかけたんだよね?」
「とっくにやったさ! だけどアイツら、『殖える』っていう本能の方が無茶苦茶強くて、しかも俺が事態に気が付いた時には、既に家の半分がこんな状況で……」
「解った! じゃあ文字通り、君は一切手を出すなよ。ここは僕が代わりに何とかする」
 レイチェルはそう言うと踵を返し、隣にある彼女の部屋へと入って行った。
 一体どうする積りなのかと智也はしばらくその場に座り込んだまま待っていたが、やがて彼女は、ジャージに着替えて右腕に金属パイプを数本とゴミ袋、左手に大ぶりの薬缶と塩の袋を抱えてその場へと戻ってきた。助手のその異様な風体に、思わず智也はドン引きして後ずさりをする。
「人除け符は予め貼って置いたから、後はコイツらを手早く始末するだけか」
「始末って……どうするんだよ?」
 彼のその問いかけには答えず、レイチェルは抱えていた荷物を一旦廊下へと置くと、右手で瞳を拭う仕草をした。すると、彼女の眦から血の涙が宙へと舞い、一筋の軌跡からやがてペイズリー柄を思わせる複雑な文様を空中に描き出す。彼女はそのまま文様を指先にひっかけるようにして鉄パイプへと這わせると、正面にパイプを掲げて気合を込めた。

 シュワー!

 表面に文様が絡みついた鉄パイプは、炭酸が弾けるような音を立てて曲がったかと思うと、瞬く間にそれらは手押し式の芝刈り機へとその姿を変える。
「はああああああ!」
 そうして即席で作った芝刈り機を携え、レイチェルは容赦なくミントの絨毯へと突っ込んで行った。ある程度刈り取ると、今度はその箇所に持ってきた塩を相撲の関取よろしく派手に撒き散らし、残った根を確実に枯らしていく。壁や天井などに生えたミントも、手にした芝刈り機の形状を巧みに変形させながら、彼女は文字通り緑の命を次々と刈り取っていく。
「……」
 普段は、パンツスーツを涼やかに着こなす華麗な探偵助手、レイチェル=シュミット。
 なのに、他の魔女との戦闘に向かう際など、その戦いぶりは凄まじく雄々しさを感じさせる時がある。今回の芝刈りも、そんな彼女の思いっきりの良さが遺憾なく発揮されており、まるで戦場の修羅場の様だと智也は見ていて震え上がっていた。

 助手の奮闘の甲斐があってか、十分後には部屋中の全てのミントが刈り取られていた。彼女が持ってきた大き目のゴミ袋にミントを詰め込み縛ると、部屋はすっかり元通りになる。
「レイチェル……うう、本当に済まねえ!」
 智也はその場で咽び泣き、玄関近くに戻ってきた彼女に深々と頭を下げた。
「泣くなよ、こんなことぐらいで。みっともないから早く中へ入って、疲れたからお茶にしよう」
 すっかり汗だくになりつつも、どこかスッキリとした表情で彼女はそう誘ってくる。頼もしい助手に感謝しつつ、玄関を上がった彼は、コンロにかけられた薬缶へとふと視線をやり、違和感を覚えた。
「なあ。何で薬缶にこんな沢山ミントをぶっこんでいるんだ? お茶を飲むなら普通に沸かすだけで良いだろう?」
 彼のもっともな疑問に、振り返ったレイチェルはこう答えた。
「何言っているのさ。もし万が一、ミントが再び増えてきたら困るじゃないか。いくら繁殖力が強い植物だろうが、熱をしっかり通せば流石に大丈夫でしょ。でも、煮出した奴をただ捨てるのも勿体ないし、どうせならミントティーとして美味しく頂こうと思ってね」
「あー、そういうことか」
 智也は納得して脇を通り過ぎようとしたが、助手の次の一言で凍りついた。
「これで最低二か月間は、事務所の飲み物も買出しに行かなくて済むね」

 ◆◆◆

 それから鳴海探偵事務所では、来客に出す用のお茶以外の飲み物は、全て薬缶で煮出したミントティーとなった。その生活は、二か月どころか半年も続いたのだった。

<END>