とある喫茶店の、小さいお供

<創作> <シリーズ:とある喫茶店~> <日常> <ショートショート/文字数:1,022文字>

公開日:2017/02/28
サークルフライヤー再録(すてばちやフライヤーvol.02掲載)


 それはとある昼下がりの事。
「ビーントゥバー、か。最近チョコレートがアツいな」
 いつものように誰も来ない喫茶店で、ここの看板娘である織部茶々良は一先ず休憩と自身が愛読する珈琲専門雑誌を眺めていた。
 雑誌の今回の特集内容は『珈琲とチョコレートのマリアージュ』。そこには、チョコレートはワインと同じく原材料の産地や製造の方法によって味わいが全く異なってくるだとか、酒や飲み物とのマリアージュで奥深さを堪能できるだとかいうことが書かれていた。
「そう言えば……最近コンビニやスーパーとかでも、シングル豆を使った板チョコが出て話題になっているよね。うちもこのチョコレートフィーバーに乗っかって何かイベントを……いやいや、珈琲とチョコの組み合わせは最早鉄板中の鉄板だし、目新しさはないだろうなー」
 そう溜息を尽きながら彼女は脇にある箱へと手を伸ばす。そこに入っているのは個包装されたチョコ。包装紙には、この店のロゴでもあるキャラクターが印刷されている。
「ま、まずはこれらを全部片付けてから、かな」
 包み紙を剥いて中身を口の中に放り込み、口の中で転がすと昔懐かしの甘みが広がる。そこに先程淹れた珈琲を流し込むと、コクが特徴の深入りブレンドの味が一層引き立つ。

『あー。前に発注した添え物用のチョコだけど、そろそろ賞味期限が近いな。茶々良、新しいやつを入れるから、あんたちょっと残り食べておいてくれる?』

 朝、店長に言われたことを茶々良は思い出していた。このチョコレートは普段、ドリンクメニューの注文が入った際サービスで付けている菓子のうち一つなのだが、想定していたより客の入りが良くなかったため、こうして余ってしまったのだった。思いがけないおやつタイムではあったものの、こうして仕入れた物が無駄になってしまうという現状は、茶々良としては何とも苦い現実であった。
 糖分を摂り脳に栄養を送ったところで、彼女は雑誌を片付けカウンター上に書類を広げ始めた。
 もうじき、この店舗が入っている所の契約更新がある。それとほぼ同時期に、この店の営業許可書の期限も近づいてきている。それらに伴い、彼女は午前中に必要な書類を全て準備していたのだが、記載事項に間違いがないかどうかもう一度チェックを入れておきたかった。
「ふー、喫茶店をやるのは甘くないってか」
 そうボヤキながら、彼女は更にもう一個チョコレートを口に放り込み、眠気覚ましの珈琲を続けて飲んだ。苦味は先程より一層際立っている様に思われた。

<END>