ヘンペルの白いカラス

<二次創作> <ペルソナ~トリニティ・ソウル~> <恋愛> <ショートショート/文字数:2,081文字>

公開日:2016/04/02
フリーワンライ企画(Web企画投稿作品再録)
お題:デウス・エクス・マキナ/一対の腕/隠れ鬼の運命/砂浜に足跡は残らない/鴉が嗤う
⇒使用したもの:全部


「守本、おはよう!」
「おっはよー叶鳴!」
「おはようさん、守本。今度うちの店でセールやるから是非来てくれや。山咲、お前からもプッシュしてくれ」
「そうね……叶鳴、貴女に似合いそうなニットが今度入荷するから、良かったら見に来てくれる?」

 神郷君。めぐみさん。榊葉君。まゆりちゃん。
 ごめんなさい。私もう、皆の所には戻れない。だって、私はもう……。

 頬を流れる涙に、夢を見ていたことに気が付くと私は起き上がって周囲を見渡した。そこは一面の砂浜で、背後には断崖とぽっかり空いたトンネル。反対は見渡す限りの海。私の他には誰もいない、唯一人を除いて。
 見上げるとそこには、赤いドレスを身に纏う髪も瞳も真紅の少女が、海面よりやや高い位置に浮き上がりながら私の事をゆっくり見下ろしていた。どうしてだろう。私、この子のことを知っている。
「お願い。私もくじらも、もう眠りたいの。手伝ってくれる?」
 その子は悲しげにそう呟いてきた。
「手伝うってどうやって? ここは一体どこ?」
「ここは、心の海のすぐ近く。くじらの近く」
 少女は歌うようにそう呟くと、私の目の前に降りてきた。そしてそっと私の右手を取った。
「お願い。私を戻すために生まれてきた、もう一人の『私』」
 優しく掴まれた右手を見て、私はこれまでにあったことを一挙に思い出した。

 私は普通の女子高生。10年前の同時多発無気力症による災害で家族を亡くしたけれども、その後運よく養子に出されることになり、優しいお父さんとお母さんに育てられてきた、普通の女の子。ここ富山は綾凪の地で、神郷君、めぐみさん、榊葉君、まゆりちゃんの4人と、ずっと慎ましやかに穏やかに生きていく。そう本気で信じていた。
 あの日、私が私の正体に気づくまでは。
 傷つけられた右手を見て、そこから覗く金属と訳の分からない基盤と配線を見たことで、私は自分が人間でないことを悟った。それと同時に、これまで綾凪市で起きた数々の殺人事件に私が関わっていたことも。あの4人を、完全に騙していたということも。
 もう戻れない。だって私、酷い事してきたんだもの。それに、私はもう……完全に壊れてしまって、神郷君の隣で永遠の眠りについた。

 それならば、ここは死後の世界なのかな。人間ではない、ロボットでしかない私にもそんな所に来れる資格があるんだろうか。

「かくれんぼはもうしなくていい。隠れ鬼の運命から、貴女はもう解き放たれたのだから」
 少女のその一言で、私は意識を取り戻した。
 そうか、私は鬼だったんだ。人々の生活の隙間に入り込んだ、人を喰らう鬼。
 少女が海面を指差すと、風もないのにそこには一気に漣が湧きおこり、やがてあるビジョンを映し出す。そこに映っていたのは――。
「神郷君!?」
 そこには良く見知った、同年代の少年の横顔。私がまだ自分を人間だと信じていた頃、密かに思いを寄せていた人。私と同じ砂浜を歩いているようだったけれど、向こうの世界は夜であるらしく表情が良く見えない。そして、神郷君の姿が一瞬にして消えてしまった。
「神郷君、どこに行ったの!」
 気が付いたら、私は海に駆け込んで彼の事を探した。
「彼も、生を手放してこちらに来ようとしている」
 少女がそう私に語りかけた。私は振り返って彼女にこう懇願した。
「お願いします、神郷君を助けたいんです。私にこんなことを言う資格は無いかもしれないけれど、皆が幸せに生きて暮らして欲しいんです。どうしたらいいですか?」
 そうしたら、少女の体から突然白い羽が幾つも浮かび上がってきた。鳥の風切り羽だけど、根元部分から2本の糸のように細長い羽が伸びた、この世のどの鳥のものでもない羽だった。
「『全ての鴉は黒い』のかって、昔の学者がそう問いかけたのをお父さんが話してくれたことがある」
 少女はまたも呟いた。謳うように、歌うように。
「黒い鴉は童話でいつも悪者扱い。でも、全ての鴉は決して黒くない。だったら私は悪者でも、黒くない鴉でありたい」
 少女はそうして、自身の身の回りに漂う羽を一挙動で手のひらに集めると、それらを私に差し出してきた。
「鴉は嗤う。黒い運命を絶えず強いる暴力に」
 先程から少女が紡ぐ言葉は、まるで会話になっていない。まるで詩歌か童話を読んでいるかのようだ。それでも私は、何故か彼女に背中を押されているような心強さを覚えた。改めて自身の手を見つめる。この世にいる時と全く変わらない、人間と一分も変わらない左手。そして、自身の正体を突き付けられた、機械が剥き出しの右手。その歪なコントラストを生み出す一対の腕。それでも、この醜い腕で守れるものがあるのなら、私は、何をしてでも彼の元へと行く。
「ありがとう」
 私は少女に礼を言うと、そのまま海面から浮き上がり遥か彼方まで飛んでいく。行先は、くじらの羽が導いてくれる。

 神様お願いです。散々罪を重ねた汚い私ですが、もしもう一度ペルソナを使う機会を与えてくれるなら。ズルくたっていい、絶対に彼を救ってくれる「デウス・エクス・マキナ(ご都合主義の神)」を私に降ろして下さい。

 砂浜に足跡は残らない。黄泉の国に消える前に、私には未だやることがある。

<END>
 過去放送されていたアニメ「ペルソナ~トリニティ・ソウル~」最終話で叶鳴が慎を救い出す前の、彼女とアヤネとの間でこんなやりとりがあったらという想像。
 ワンライで二次創作は初めて。「白いカラス」で検索すると「ヘンペルのカラス」というワードが出てきます。今回は「有りえないもの」といった意味あいで使用。